PRESIDENT’S LECTURE 6
Putting “Mokorita” into Practice: From Rural Medicine to the World, and from the Operating Room to Society
忘己利他を、かたちにする。 ―へき地医療から世界へ、手術室から社会へ―

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私の医師としての原点は、自治医科大学での学生時代と、卒業後に赴任した京都府北部のへき地・地域医療にある。自治医科大学では学費が修学資金として貸与され、卒業後に義務年限を全うしなければ返還を求められる。入学と同時に多額の借金を背負ったという危機感から、私は学生のうちに投資を始めた。自分の判断で資金を投じ、損失も利益も自分で引き受ける。この経験から、リスクを負わなければ得られないものがあることを学んだ。
卒業後は、限られた人員と設備の中で、目の前の患者に必要な医療を自ら考え、決断し、最後まで担う日々を送った。患者から学び続けるうちに、「患者にとって何が最善か」をすべての判断の中心に置く姿勢が身についた。
脊椎手術によって患者が歩行と生活を取り戻す姿に魅せられ、頸椎外科と低侵襲脊椎治療を専門としてきた。京都府立医科大学で医学博士を取得し、2018年、地方の公立病院である亀岡市立病院に脊椎センターを開設した。診療を重ねる中で生まれた「侵襲をさらに小さくできないか」「術者の経験を再現可能な技術にできないか」という問いを、小切開による頸椎手術、外視鏡手術、手術支援器械の開発へつなげ、臨床研究として検証してきた。さらにXR、ナビゲーション、AIを術前計画、術中支援、患者説明、遠隔教育に取り入れ、脊椎外科のデジタル化の可能性を追究している。
しかし、優れた技術も一人の術者、一つの施設にとどまれば社会の力にはならない。論文や教科書による手技の標準化、ライブサージェリーやハンズオン、国内外での講演・手術指導を通じて次世代の教育に取り組んできた。同時に、患者・家族が病気と治療を理解し、自ら選択できるよう、WebやYouTube、SNSでの情報発信も続けている。
2021年からは施設の枠を越えて手術・教育・技術開発に携わるとともに、会社を設立した。臨床現場のニーズを医工連携、知財、製品開発へつなぎ、そこで生まれた価値を地域医療と次世代へ還元する循環への挑戦である。学生時代の投資で学んだ、自分で選び、結果を引き受ける姿勢が、ここでも土台になった。
いま、全国の公立病院の8割以上が赤字に陥り、規模縮小や統廃合、閉院が各地で現実になりつつある。母校が修学資金の返還をめぐって卒業生から訴えられるなど、時代の変化も感じる。義務と献身を当然の前提とした医師像はもはや自明ではなく、地方の公立病院に残ること自体が、キャリアの上でも経営の上でも安全な選択ではなくなった。
それでも私が地方に残るのは、最善の治療を必要とする患者が都市にだけいるわけではないからである。加えて、私がいなくなれば、私の施設は急性期病院として存続できない。これは誇張ではなく事実であり、地方では一人の外科医の選択が病院と地域医療の存続を左右する。義務年限を終えてからも地方に残り続けてきたのは、義務だからではなく、自ら選んだ結果だ。地方の公立病院であっても、専門性を突き詰め、技術を開発し、教育と発信を続ければ、全国から患者と若手が集まり、病院と地域を支える力になる。技術と人材が都市に集まるほど、地方で結果を出し、そこから世界へ発信することの意味は大きくなる。だからこそ忘己利他は、制度や義務として課されるものではなく、一人ひとりが自ら選び、リスクを引き受けて行動して初めて意味をもつのだと考えている。
2026年、MISTとJASMISSはJASMISTとして新たな一歩を踏み出し、本会はMIST学会として最後の全国学会となる。本講演では、へき地医療、頸椎手術、技術革新、教育、情報発信、起業という一見異なる歩みが、「患者にとって何が最善か」という一つの問いでつながっていたことを振り返る。成功だけでなく失敗と迷いも共有し、忘己利他を理念にとどめず、臨床と社会の中でかたちにする外科医のあり方を、次世代とともに考えたい。


